倭算数理研究所

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二項係数の定義を負の係数に拡張する

前回の記事で、『級数・フーリエ解析 (岩波 数学公式 2)』に載ってる階乗や二項係数を含む級数の公式をいくつか導きましたが、実は

  { \displaystyle
\begin{align*}
    \sum_{r=0}^n (-1)^r\frac{n(n+r-1)!}{(r!)^2(n-r)!} = 0
\end{align*}
}

という公式を導けなくて挫折してました、ハイ、スイマセン。 で、あれこれ思考&調査したところ、どうも二項係数を負の値に拡張したものを使って出せそうなので、今回はこの拡張をやってみます。

参考

二項係数の級数による定義

二項係数の通常の定義は、{ n }自然数(0を含む)、{ r }{ 0 \le r \le n } を満たす自然数として

  { \displaystyle
\begin{align*}
    \binom{n}{r} = \,_n C_r = \frac{n!}{(n-r)!r!}
\end{align*}
}

でした。 この記事では二項係数の記法として1つめのものを使います(数式を書いている { \TeX } の都合上)。 また、{ n } の部分を第1引数、{ r } の部分を第2引数と呼ぶことにします。

さて、この定義を再現しつつ、第1引数負の値に自然に拡張できるような別の定義に乗り換えましょう。 二項定理より、二項係数は以下の展開式の係数として現れるのでした:

  { \displaystyle
\begin{align*}
    (1+x)^n = \sum_{r=0}^n \binom{n}{r}x^r
\end{align*}
}

つまり、{ (1+x)^n }{ x } の冪に展開したときの { x^r } の係数を { \binom{n}{r} } と定義します。 で、この定義を使って第1引数が負の二項係数を以下のように定義します(以下の式で { n }自然数):

  { \displaystyle
\begin{align*}
    (1+x)^{-n} &= \frac{1}{(1+x)^n} = \sum_{r=0}^n\binom{-n}{r}x^r & \cdots (*)
\end{align*}
}

負の第1引数に対する二項係数の表式

負の第1引数の二項係数が定義できたので、次は具体的な表式を導きましょう。 そのために

  { \displaystyle
\begin{align*}
    f(x) = (1+x)^{-n} = \frac{1}{(1+x)^n}
\end{align*}
}

{ x } について冪展開します。 { f(x) }微分

  { \displaystyle
\begin{align*}
     f'(x) &=-n\,(1+x)^{-n-1} \\
     f''(x) &=-n(-n-1)\,(1+x)^{-n-2} \\
        & \qquad \vdots \\
    f^{(r)}(x) &= -n(-n-1)(-n-2)\cdots (-n-r+1)\,(1+x)^{-n-r} \\
        &= (-1)^r n(n+1)(n+2)\cdots (n+r-1) \, (1+x)^{-n-r} \\
        &= (-1)^r \frac{(n+r-1)!}{(n-1)!} (1+x)^{-n-r}
\end{align*}
}

よって

  { \displaystyle
\begin{align*}
     f^{(r)}(0) =  (-1)^r \frac{(n+r-1)!}{(n-1)!}
\end{align*}
}

となり、{ f(x) } の冪展開は

  { \displaystyle
\begin{align*}
     f(x) &= \sum_{r=0}^\infty  (-1)^r \frac{(n+r-1)!}{(n-1)!} \frac{x^r}{r!} \\
           &= \sum_{r=0}^\infty (-1)^r \frac{(n+r-1)!}{(n-1)!r!} x^r
\end{align*}
}

となります。 これと (*) 式を見比べて

  { \displaystyle
\begin{align*}
    \binom{-n}{r} = (-1)^r \frac{(n+r-1)!}{(n-1)!r!}
\end{align*}
}

を得ます。

諸注意

上記の表式は第1引数が正の二項係数を使って

  { \displaystyle
\begin{align*}
    \binom{-n}{r} = (-1)^r \binom{n+r-1}{r} = (-1)^r \binom{n+r-1}{n-1}
\end{align*}
}

と書くことができます。 この式より { r } の値は0以上ならばいくらでもいい(第1引数が正の数なら、その値を超えてはいけなかった)ことが分かります。 まぁ、{ f(x) } を冪展開したときに無限級数になることから既に分かっていることですけどね。 また、重複組み合わせの数を与える

  { \displaystyle
\begin{align*}
    \left(\!\!\!\left(\begin{matrix} n \\ r \end{matrix} \right)\!\!\!\right) = \,_n H_r = \,_{n+r-1}C_r
\end{align*}
}

を使っても以下のように表すことができます:

  { \displaystyle
\begin{align*}
    \binom{-n}{r} = (-1)^r \left(\!\!\!\left(\begin{matrix} n \\ r \end{matrix} \right)\!\!\!\right)
\end{align*}
}

少々話はズレますが、級数による定義を用いると第2引数が負の二項係数も定義できて、第1引数の正負に関わらず0であることが分かります。 また、第1引数が実数の二項係数を定義することも可能です。

いくつかの具体的な値とパスカルの三角形

では、第1引数が負の二項係数を少し計算してみましょう。 第2引数は { r } のままにして、使用する表式は

  { \displaystyle
\begin{align*}
    \binom{-n}{r} = (-1)^r\binom{n+r-1}{n-1}
\end{align*}
}

を使うことにします。

  { \displaystyle
\begin{align*}
    \binom{-1}{r} &= (-1)^r\binom{r}{0} = (-1)^r \\
    \binom{-2}{r} &= (-r)^r\binom{r+1}{1} =(-1)^r( r+1) \\
    \binom{-3}{r} &= (-1)^r\binom{r+2}{2} = (-1)^r\frac{(r+2)(r+1)}{2}
\end{align*}
}

これらを踏まえて、パスカルの三角形風に値を並べてみましょう(通常よくやられる二等辺三角形風ではないけど):

n \ r 0 1 2 3 4 5
-3 1 -3 6 -10 15 -21
-2 1 -2 3 -4 5 -6
-1 1 -1 1 -1 1 -1
0 1
1 1 1
2 1 2 1
3 1 3 3 1
4 1 4 6 4 1
5 1 5 10 10 5 1

{ n } が負ならば { r } は0以上の任意の値について計算できるので、すでに三角形ではなくなってますが、パスカルの三角形を書くときに使う「上2つの数字を加えて下の数字を計算する」(この表の場合は真上と左上の2つの数字を加える)という法則は成り立ってます。 空欄の部分を0と思えばすべての領域でこの法則がうまく成り立っているようです。

級数・フーリエ解析 (岩波 数学公式 2)

級数・フーリエ解析 (岩波 数学公式 2)