倭算数理研究所

科学・数学・学習関連の記事を、「倭マン日記」とは別に書いていくのだ!

角運動量演算子の交換関係

超対称性理論とは何か 宇宙をつかさどる究極の対称性 (ブルーバックス)』の付録に角運動量演算子の交換関係の例題(?)が載ってたのでガリガリと導いてみることにします。 記事にしとけば、毎年齷齪(あくせく)した学生がアクセスしてくれるんじゃないかと期待。 そう言えば、数年前に高校数学から行列がなくなって、非可換な代数を大学に入ってからしかしなくなったようなので、なるべく丁寧に(助長に?)途中式を書いていこうと思います。 ただ、あまりに途中式を書きすぎると変形の流れが分かりにくくなるときがあるので、そして単純に面倒なので、記事が進むにつれて途中式を省略していきます。

位置演算子、運動量演算子の交換関係を使っていきなり角運動量演算子の成分間の交換関係を導いてもまぁいいんですが、結構計算がゴチャゴチャするので、まず交換関係を計算するときに使うと便利な公式をいくつか導いてから、それらを使って角運動量演算子の交換関係を計算することにしましょう。

交換関係を計算するときに使うと便利な公式

2つの演算子  { A,\,B } に対して、交換子 (commutator) は以下のように定義されます:

  { \displaystyle \left[A,\,B\right] \equiv AB - BA}

この定義をもとに、次の公式を導いていきます:

反可換性
交換子は、2つの引数を入れ替えると負符号が付きます。

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[B,\,A\right]
    &= BA - AB \\
    &= -AB + BA \\
    &= -(AB - BA) \\
    &= -\left[A,\,B\right]
\end{align*}}

なんかさすがに導出が助長過ぎるかな?

分配法則
通常の実数に関する分配法則は、任意の実数  { a,\,b,\,c } について

  { (a + b)c = ab + bc}

が成り立つというものでしたね。 交換子についても同様の関係が成り立ちます。

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[A + B,\,C\right]
    &= (A + B)C - C(A + B) \\
    &= AC + BC - CA - CB \\
    &= AC - CA + BC - CB \\
    &= \left[A,\,C\right] + \left[B,\,C\right]
\end{align*}}

第2引数が和となっている場合も同様にして導出できますが、交換子の反可換性を使って導いてしましょう。

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[A,\,B + C\right]
    &= -\left[B + C,\,A\right] \\
    &= -\left[B,\,A\right] - \left[C,\,A\right] \\
    &= \left[A,\,B\right] + \left[A,\,C\right]
\end{align*}}

ライプニッツ
ライプニッツ則とは、関数の積を微分する公式(のようなもの)です。 名前はともかく、公式自体は高校数学で出てきます。 恐るるに足らず。 実数  { x } の2つの関数  { f(x),\,g(x) } に対して

  { \displaystyle \frac{d}{dx}\left(f(x)g(x)\right) = \frac{df(x)}{dx}g(x) + f(x)\frac{dg(x)}{dx}}

が成り立つという公式です。 同様の関係が交換子についても成り立ちます*1。 では導いてみましょう:

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[AB,\,C\right]
    &= (AB)C - C(AB) \\
    &= A(BC) - (CA)B \\
    &= A\left(CB + \left[B,\,C\right]\right) - \left(AC - \left[A,\,C\right]\right)B \\
    &= ACB + A\left[B,\,C\right] - ACB + \left[A,\,C\right]B \\
    &= A\left[B,\,C\right] + \left[A,\,C\right]B
\end{align*}}

第2引数が積の場合も導いておきましょう:

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[A,\,BC\right]
    &= - \left[BC,\,A\right] \\
    &= - \left( B\left[C,\,A\right] + \left[B,\,A\right]C\right) \\
    &= - B\left[C,\,A\right] - \left[B,\,A\right]C \\
    &= B\left[A,\,C\right] + \left[A,\,B\right]C
\end{align*}}

以上の結果をまとめておきましょう:

反可換性
  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[B,\,A\right] &= -\left[A,\,B\right] \\
\end{align*}}

分配法則
  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[A + B,\,C\right] &= \left[A,\,C\right] + \left[B,\,C\right] \\
  \left[A,\,B + C\right] &= \left[A,\,B\right] + \left[A,\,C\right] \\
\end{align*}}

ライプニッツ
  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[AB,\,C\right] &= A\left[B,\,C\right] + \left[A,\,C\right]B \\
  \left[A,\,BC\right] &= B\left[A,\,C\right] + \left[A,\,B\right]C
\end{align*}}

これで準備 OK。

角運動量演算子の交換関係を求める

では、上記の公式を踏まえて、角運動量演算子の交換関係を計算してみましょう。 基本となる位置演算子と運動量演算子の交換関係は以下のようになっています:

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[x,\, p_x\right] &= i\hbar \\[2mm]
  \left[y,\, p_y\right] &= i\hbar \\[2mm]
  \left[z,\, p_z\right] &= i\hbar
\end{align*}}

これら以外の、位置演算子同士や運動量演算子同士の交換関係、 { x } { p_y } の交換関係などは0です(可換)。 また、軌道角運動量演算子  { \textbf{l} } の各成分は以下のように定義されます:

  { \displaystyle\begin{align*}
  l_x &= yp_z - zp_y \\[2mm]
  l_y &= zp_x - xp_z \\[2mm]
  l_z &= xp_y - yp_x
\end{align*}}

角運動量の成分同士の交換関係
さて、まずは成分同士の交換関係。  { \left[l_x,\,l_y\right] } だけを導けば充分でしょう。

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[l_x,\,l_y\right]
    &=  \left[yp_z - zp_y,\,zp_x - xp_z\right] \\
    &= \left[yp_z,\,zp_x\right] - \left[yp_z,\,xp_z\right] - \left[zp_y,\,zp_x\right] + \left[zp_y,\,xp_z\right]
      \qquad \left(\because \textrm{分配法則}\right) \\
    &= y\left[p_z,\,z\right]p_x - 0 - 0 + x\left[z,\,p_z\right]p_y
      \qquad\left(\because \textrm{ライプニッツ則}\right)\\
    &= -i\hbar yp_x + i\hbar xp_y \\
    &= i\hbar \left(xp_y - y p_x\right) \\
    &= i\hbar l_z
\end{align*}}

2行目から3行目への変形ではライプニッツ則を(各項に対して2回)使ってますが、可換な量の交換子は消えるのでほとんどの項がなくなります。 このあたりの変形で全項を書き下さなくても残る項が書けるようになれば、計算で困ることはないかと思います。

角運動量の2乗と成分の交換関係
角運動量の2乗と成分の交換関係は、昇汞演算子、下降演算子を定義してあれこれやる方が奥深いんですが、交換関係を導くだけが目的なら結構遠回りなので、これはまたの機会に。 ということで、ここでは普通にそのまま交換関係を計算することにします。 これも  { \left[\textbf{l}^2,\,l_z\right] } だけを導けば充分でしょう。  { \textbf{l}^2 = l_x^2 + l_y^2 + l_z^2 } なので、まずは右辺各項と  { l_z } との交換子を個別に計算しておきましょう:

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[l_x^2,\,l_z\right]
    &= l_x\left[l_x,\,l_z\right] + \left[l_x,\,l_z\right]l_x \\
    &= - i\hbar l_x l_y - i\hbar l_y l_x
\end{align*}}

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[l_y^2,\,l_z\right]
    &= l_y\left[l_y,\,l_z\right] + \left[l_y,\,l_z\right]l_y \\
    &= i\hbar l_y l_x + i\hbar l_x l_y
\end{align*}}

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[l_z^2,\,l_z\right] = 0
\end{align*}}

これらの結果より

  { \displaystyle\begin{align*}
  \left[\textbf{l}^2,\,l_z\right]
    &= \left[l_x^2 + l_y^2 + l_z^2,\,l_z\right] \\
    &= -i\hbar l_x l_y - i\hbar l_y l_x + i\hbar l_y l_x + i\hbar l_x l_y \\
    &= 0
\end{align*}}

となって、角運動量の2乗と成分の交換関係が消えることを導けました。

*1:交換関係の場合もライプニッツ則って言うよね? 量子力学では実際に微分だし。