倭算数理研究所

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高校数学で線型代数入門 (2) ~行列の演算~

高校数学で線型代数(というか行列)をやってみようシリーズ(目次)。 前回はベクトル(座標)の変換から行列を導入しましたが、今回はその行列に対して定義される和や積などの演算を見ていきます。

この記事の内容

参考

合成変換と行列の積

行列と言えば、やはり積が特殊なことが悩ましいところ。 いきなり行列の積を定義を見ても何のことか分かりにくいですが、行列の元となった変換に立ち戻って2つの変換を合成すると思えば自然な定義になります。

2次元の場合
まず2次元ベクトルに作用させる2次の正方行列の場合を見ていきましょう。 まず、ベクトル  { \textbf{x} } に行列  { B } を作用させると、元々の行列の定義より以下のようになります:

  { \displaystyle\begin{align*}
  B\textbf{x}
    &= \begin{pmatrix} b_{11} & b_{12} \\\hline b_{21} & b_{22} \end{pmatrix}
      \begin{pmatrix} x_1 \\ x_2 \end{pmatrix} \\
    &= \begin{pmatrix} b_{11}x_1 + b_{12}x_2 \\ b_{21}x_1 + b_{22}x_2 \end{pmatrix} \\[2mm]
\end{align*}}

横線は見易さのために入れてます。 さて、これにさらに行列  { A } を作用させると

  { \displaystyle\begin{align*}
  A(B\textbf{x})
    &= \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} \\\hline a_{21} & a_{22} \end{pmatrix}
      \begin{pmatrix} b_{11}x_1 + b_{12}x_2 \\ b_{21}x_1 + b_{22}x_2 \end{pmatrix} \\
    &= \begin{pmatrix}
        a_{11}(b_{11}x_1 + b_{12}x_2) + a_{12}(b_{21}x_1 + b_{22}x_2) \\
        a_{21}(b_{11}x_1 + b_{12}x_2) + a_{22}(b_{21}x_1 + b_{22}x_2) 
      \end{pmatrix} \\
    &= \begin{pmatrix}
        (a_{11}b_{11} + a_{12}b_{21})x_1 + (a_{11}b_{12} + a_{12}b_{22})x_2 \\
        (a_{21}b_{11} + a_{22}b_{21})x_1 + (a_{21}b_{12} + a_{22}b_{22})x_2 \\
      \end{pmatrix}
\end{align*}}

最後の行への変形では、各要素を  { \textbf{x} } の要素  { x_1,\,x_2 } で整理し直しています。 ここで

  { \displaystyle\begin{align*}
  A(B\textbf{x}) = (AB)\textbf{x}
\end{align*}}

となるように行列の積  { AB } を定義する、つまり2つの行列  { A,\,B } の逐次的な作用を1つの行列  { AB } の作用となるように行列の積を定義すると、

  { \displaystyle\begin{align*}
  AB
    &= \begin{pmatrix}
        a_{11}b_{11} + a_{12}b_{21} & a_{11}b_{12} + a_{12}b_{22} \\
        a_{21}b_{11} + a_{22}b_{21} & a_{21}b_{12} + a_{22}b_{22}
      \end{pmatrix}
\end{align*}}

となります。 積  { AB } も成分で書き下すと以下のようになります:

  { \displaystyle\begin{align*}
  \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} \\\hline a_{21} & a_{22} \end{pmatrix}
          \left(\begin{array}{c|c} b_{11} & b_{12} \\ b_{21} & b_{22} \end{array}\right)
    &= \begin{pmatrix}
        a_{11}b_{11} + a_{12}b_{21} & a_{11}b_{12} + a_{12}b_{22} \\
        a_{21}b_{11} + a_{22}b_{21} & a_{21}b_{12} + a_{22}b_{22}
      \end{pmatrix}
\end{align*}}

具体例
  { \displaystyle\begin{align*}
  A &= \begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix} &
  B &= \begin{pmatrix} 5 & 6 \\ 7 & 8 \end{pmatrix}
\end{align*}}

のとき

  { \displaystyle\begin{align*}
  AB
    &= \begin{pmatrix} 1 & 2 \\\hline 3 & 4 \end{pmatrix}
          \left(\begin{array}{c|c} 5 & 6 \\ 7 & 8 \end{array}\right)
    = \begin{pmatrix}
        1 \cdot 5 + 2 \cdot 7 & 1 \cdot 6 + 2 \cdot 8  \\
        3 \cdot 5 + 4 \cdot 7 & 3 \cdot 6 + 4 \cdot 8
      \end{pmatrix} \\
    &= \begin{pmatrix}
        19 & 22 \\
        43& 50
      \end{pmatrix}
\end{align*}}

となります。

一般化
上記の積の定義を  { n } 次の正方行列へ拡張しましょう。 結果だけを書いてもいいんですが、成分の計算になれるために導出も行っておきましょう*1。 導出のステップは2次元の場合と同じです。
  { \displaystyle\begin{align*}
  [B\textbf{x}]_i
    &= \sum_{j=1}^n b_{ij}x_j \\
  [A(B\textbf{x})]_i
    &= \sum_{k=1}^n a_{ik}[B\textbf{x}]_k
    = \sum_{k=1}^n a_{ik}\left(\sum_{j=1}^n b_{kj}x_j\right) \\
    &= \sum_{j=1}^n \left(\sum_{k=1}^na_{ik}b_{kj}\right) x_j
\end{align*}}

これと、 { AB } を1つの行列と見たときのベクトル  { \textbf{x} } への作用

  { \displaystyle\begin{align*}
  [(AB)\textbf{x}]_i
    &= \sum_{j=1}^n [AB]_{ij}x_j
\end{align*}}

を見比べると、行列の積  { AB } { (i,\,j) } 成分は以下のようになります:

  { \displaystyle\begin{align*}
  [AB]_{ij} &= \sum_{k=1}^n a_{ik}b_{kj}
\end{align*}}

単位行列
何もしない変換を恒等変換 (identity transformation) と言いますが、これに対応する行列を考えましょう(2次元)。

  { \displaystyle\begin{align*}
  \begin{pmatrix} x'_1 \\ x'_2 \end{pmatrix}
    &= \begin{pmatrix} x_1 \\ x_2 \end{pmatrix}
    = \begin{pmatrix} 1 \cdot x_1 + 0 \cdot x_2 \\ 0 \cdot x_1 + 1 \cdot x_2 \end{pmatrix} \\
    &= \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}
      \begin{pmatrix} x_1 \\ x_2 \end{pmatrix}
\end{align*}}

よって、恒等変換は以下の行列  { E } に対応することが分かります:

  { \displaystyle\begin{align*}
  E = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}
\end{align*}}

正方行列で左上から右下への対角線上にある要素(行番号と列番号が等しい要素)を対角要素(対角成分)と言います。 正方行列で対角要素が1、非対角要素が0の行列を単位行列 (identity matrix) と言い、この記事では  { E } と書きます。 行列の次数を明示したい場合は、 { n } 次の単位行列 { E_n } と書きます。

  { \displaystyle\begin{align*}
  E_2 &= \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix} &
  E_3 &= \begin{pmatrix} 1 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}
\end{align*}}


単位行列はどんな行列(ただし、積が定義できる場合)に掛けても結果を変えません。 また、その結果どの行列とも可換です。 式で書くと、任意の行列  { A } に対して

  { \displaystyle\begin{align*}
  EA = A = AE
\end{align*}}

が成り立ちます。

単位行列の成分を取り出して書く場合は、以下で定義されるクロネッカーのデルタ (Kronecker delta)

  { \displaystyle\begin{align*}
  \delta_{ij} = \begin{cases}
    1 & (i = j) \\
    0 & (i \ne j)
  \end{cases}
\end{align*}}

を使って

  { \displaystyle\begin{align*}
  [E]_{ij} = \delta_{ij}
\end{align*}}

と表されます。 実際、これを使って行列の積  { AE } を計算すると( { [A]_{ij} = a_{ij} } とする)

  { \displaystyle\begin{align*}
  [AE]_{ij}
    &= \sum_{k=1}^n a_{ik}\delta_{kj} 
    = a_{ij} \\
    &= [A]_{ij}
\end{align*}}

クロネッカーのデルタ  { \delta_{kj} } を含む項を  { k } で足し上げると、単に  { a_{ik} } { k } が、クロネッカーのデルタに付いている添字の  { k } 以外の添字  { j } に変わるだけです。) よって  { AE = A } が示せました。 同様にして  { EA = A } も簡単に示せます。

行列の積の非可換性

行列の積は非可換 (non-Abelian, non-commutative) 、つまり順序を交換すると結果が異なります。 前節の具体例の行列  { A,\,B } で積  { BA } を計算すると

  { \displaystyle\begin{align*}
  BA
    &= \begin{pmatrix} 5 & 6 \\\hline 7 & 8 \end{pmatrix}
          \left(\begin{array}{c|c} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{array}\right)
    = \begin{pmatrix}
        5 \cdot 1 + 6 \cdot 3 & 5 \cdot 2 + 6 \cdot 4  \\
        7 \cdot 1 + 8 \cdot 3 & 7 \cdot 2 + 8 \cdot 4
      \end{pmatrix} \\
    &= \begin{pmatrix}
        23 & 34 \\
        31 & 46
      \end{pmatrix} \ne AB
\end{align*}}

となります。 ただし、どんな行列も自分自身とは可換です。

スカラー行列
前節で出てきた単位行列は全ての行列と可換ですが、他に全ての行列と可換な行列はあるのかを考えます。  { n } 次の正方行列  { C } (成分  { c_{ij} })が全ての行列と可換だとしましょう。 さて、 { I_{11} } を、 { (1,\,1) } 成分のみが1でその他の成分が0の  { n } 次正方行列とします:

  { \displaystyle\begin{align*}
  I_{11}
    &= \begin{pmatrix}
        1         & 0         & \cdots & 0 \\
        0         & 0         & \cdots & 0 \\
        \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
        0         & 0         & \cdots & 0 \\
      \end{pmatrix}
\end{align*}}

このとき、

  { \displaystyle\begin{align*}
  CI_{11}
    &= \begin{pmatrix}
        c_{11} & 0          & \cdots & 0 \\
        c_{21} & 0          & \cdots & 0 \\
        \vdots  &  \vdots & \ddots & \vdots \\
        c_{n1} & 0          & \cdots & 0 \\
      \end{pmatrix} &
  I_{11}C
    &= \begin{pmatrix}
        c_{11} & c_{12} & \cdots & c_{1n} \\
        0          & 0          & \cdots & 0 \\
        \vdots  &  \vdots & \ddots & \vdots \\
        0          & 0          & \cdots & 0 \\
      \end{pmatrix}
\end{align*}}

よって、 { CI_{11} = I_{11}C } となるためには*2

  { \displaystyle\begin{align*}
  c_{i1} &= c_{1i} = 0 & (i \ne 1)
\end{align*}}

でなければならないことが分かります。  { c_{11} } は今の時点では条件はありません。 同様にして、 { I_{11} } の代わりに  { (i,\,i) } 成分のみが1で他の成分が0の  { I_{ii} } を使えば

  { \displaystyle\begin{align*}
  c_{ij} &= 0 & (i \ne j)
\end{align*}}

つまり、 { C } の非対角要素は0でなければならないことが分かります。 次に、 { (1,\,2) } 成分のみが1で他の成分が0の  { I_{12} }

  { \displaystyle\begin{align*}
  I_{12}
    &= \begin{pmatrix}
         0        & 1         & 0        & \cdots & 0 \\
        0         & 0         & 0        & \cdots & 0 \\
        \vdots & \vdots & \vdots &           & \vdots \\
        0         & 0         & 0        & \cdots & 0 \\
      \end{pmatrix}
\end{align*}}

を使ってまた同じことを行うと

  { \displaystyle\begin{align*}
  CI_{12}
    &= \begin{pmatrix}
        0         & c_{11} & 0          & \cdots & 0 \\
        0         & c_{21} & 0          & \cdots & 0 \\
        \vdots & \vdots  &  \vdots &            & \vdots \\
        0         & c_{n1} & 0          & \cdots & 0 \\
      \end{pmatrix} &
  I_{12}C
    &= \begin{pmatrix}
        c_{21} & c_{22} & \cdots & c_{2n} \\
        0          & 0          & \cdots & 0 \\
        \vdots  &  \vdots &            & \vdots \\
        0          & 0          & \cdots & 0 \\
      \end{pmatrix}
\end{align*}}

となって  { c_{11} = c_{22} } であることが分かります。 同様にして  { I_{i,i+1} } を使えば

  { \displaystyle\begin{align*}
  c_{11} = c_{22} = \cdots  c_{nn}
\end{align*}}

が得られます。 よって、 { C } が全ての行列と可換であるための必要条件は、 { c } を定数として

  { \displaystyle\begin{align*}
  C
    &= \begin{pmatrix}
        c         & 0         & \cdots & 0 \\
        0         & c         &           & 0 \\
        \vdots &            & \ddots & \vdots \\
        0         & 0 & \cdots & c \\
      \end{pmatrix} &
  \Big(\;[C]_{ij} = c\delta_{ij}\;\Big)
\end{align*}}

となっていることです。 逆に、 { C } がこの形のとき、任意の行列  { A } (成分  { a_{ij} })に対して

  { \displaystyle\begin{align*}
  [CA]_{ij}
    &= \sum_{k=1}^n [C]_{ik}[A]_{kj}
    = \sum_{k=1}^m c\delta_{ik}a_{kj} \\
    &= c a_{ij} \\[2mm]
  [AC]_{ij}
    &= \sum_{k=1}^n [A]_{ik}[C]_{kj}
    = \sum_{k=1}^m a_{ik}c\delta_{kj} \\
    &= c a_{ij} \\
\end{align*}}

となって  { CA = AC } が成り立つことが分かります。

この行列  { C } のように、対角要素がすべて等しい定数で、非対角要素が全て0の行列をスカラー行列と言います。 ( { n } 次の正方行列のみを考えるとき)スカラー行列はすべての行列と可換であり、全ての行列と可換な行列はスカラー行列のみです。 単位行列や零行列(全ての要素が0の行列)はスカラー行列です。

行列のスカラー
上で導入したスカラー行列がどんな変換に対応しているのかを考えてみましょう。 スカラー行列  { C } (成分 {c\delta_{ij} } { c  } は定数)が施す変換は

  { \displaystyle\begin{align*}
  \begin{pmatrix} x'_1 \\ x'_2 \end{pmatrix}
    &= \begin{pmatrix} c & 0 \\ 0 & c \end{pmatrix}
      \begin{pmatrix} x_1 \\ x_2 \end{pmatrix} \\
    &= \begin{pmatrix} cx_1 \\ cx_2 \end{pmatrix}
\end{align*}}

となって、原点を中心とする拡大・縮小であることがわかります。 また、他の変換と合成(まぁ、単なる行列の掛け算ですが)すると、 { A } を任意の行列として

  { \displaystyle\begin{align*}
  [CA]_{ij}
    &= \sum_{k=1}^nc\delta_{ik}a_{kj} \\
    &= ca_{ij} \\[2mm]
  [AC]_{ij}
    &= \sum_{k=1}^na_{ik}c\delta_{kj} \\
    &= ca_{ij}
\end{align*}}

となって、 { A } の全ての要素を  { c } 倍することが分かります。

ここで、行列の実数倍もしくはスカラー*3を、行列のすべての要素に等しいスカラー(実数)を掛けると定義します。 具体的に書くと、 { c }スカラー { A } を任意の行列として

  { \displaystyle\begin{align*}
  cA
    &= \begin{pmatrix}
        ca_{11} & ca_{12} & \cdots & ca_{n1} \\
        ca_{21} & ca_{22} & \cdots & ca_{n2} \\
        \vdots   & \vdots      & \ddots & \vdots \\
        ca_{n1} & ca_{n2} & \cdots & ca_{nn} \\
      \end{pmatrix} &
  \Big(\;[cA]_{ij} = ca_{ij}\;\Big)
\end{align*}}

とします。 スカラー行列はスカラー倍を使って  { C = cE } { E }単位行列)と書けます。

行列のスカラー倍は、計算としては常にできますが、考えている行列の代数としては定義されていない場合があります。 例えば、回転を施す行列(直交行列)のみを扱っている場合には、スカラー倍すると回転にならない場合がほとんどなのでスカラー倍できない、などです。

対角行列
スカラー行列より少し条件を弱くして、非対角要素は全て0だけど対角要素が任意の値の行列を考えます。 この行列を対角行列と言います。 つまり、 { D } { n } 次の対角行列とすると、 { d_i \; (i=1,\,2,\cdots,\,n) } を実数(スカラー)として

  { \displaystyle\begin{align*}
  D
    &= \begin{pmatrix}
        d_1     & 0    & \cdots  & 0 \\
        0         & d_2 &            & \vdots \\
        \vdots &        & \ddots & 0 \\
        0        & \cdots & 0      & d_n \\
      \end{pmatrix} &
  \Big(\;[D]_{ij} = d_i\delta_{ij}\;\Big)
\end{align*}}

となります。 対角行列は一般の行列とは交換しませんが、対角行列どうしは可換です。 実際、 { D,\,F } を対角行列として

  { \displaystyle\begin{align*}
  [DF]_{ij}
    &= \sum_{k=1}d_i\delta_{ik}f_k\delta_{kj}
    = d_if_j\delta_{ij} \\
    &= d_i f_i \delta_{ij} \\[2mm]
  [FD]_{ij}
    &= \sum_{k=1}f_i\delta_{ik}d_k\delta_{kj}
    = f_i d_j \delta_{ij} \\
    &= d_i f_i \delta_{ij}
\end{align*}}

 { \delta_{ij} } を含む項は  { i=j } のときのみ0でない値を持つので、 { \delta_{ij} } にかかる因子では添字の  { i,\,j } を入れ替えてもいいことに注意。 上記の結果より  { DF = FD } が分かります。

行列の冪乗

 { A } を任意の正方行列、 { n } を1以上の自然数として、 { A } { n } { A^n }

  { \displaystyle\begin{align*}
  A^n = \underbrace{AA \cdots A}_{n\textrm{個}}
\end{align*}}

で定義します。  { A^n } { A } と可換です( { A } の任意の冪  { A^m } とも可換ですが):

  { \displaystyle\begin{align*}
  AA^n = A^nA \quad(=A^{n+1})
\end{align*}}

単位行列スカラー行列 、対角行列の冪乗は簡単に計算できます。 単位行列は何乗しても単位行列

  { \displaystyle\begin{align*}
  E^n &= E
\end{align*}}

スカラー行列はスカラー倍が  { n } 乗されます:

  { \displaystyle\begin{align*}
  C^n &= c^n E
    = \begin{pmatrix}
           c^n    & 0        & \cdots  & 0 \\
           0        & c^n    &             & \vdots \\
           \vdots &          & \ddots  & 0\\
           0        & \cdots & 0         & c^n
    \end{pmatrix} &
  &\Big(\;[C^n]_{ij} = c^n\delta_{ij}\;\Big)
\end{align*}}

対角行列は各対角要素が  { n } 乗されます:

  { \displaystyle\begin{align*}
  D &= \begin{pmatrix}
           d_1    & 0        & \cdots  & 0 \\
           0        & d_2    &             & \vdots \\
           \vdots &          & \ddots  & 0\\
           0        & \cdots & 0         & d_m
    \end{pmatrix} \qquad \Rightarrow&
  & 
  D^n = \begin{pmatrix}
           d_1^n    & 0        & \cdots  & 0 \\
           0        & d_2^n    &             & \vdots \\
           \vdots &          & \ddots  & 0\\
           0        & \cdots & 0         & d_m^n
    \end{pmatrix} \\
  &&&\Big([D^n]_{ij} = d_i^n\delta_{ij}\Big)
\end{align*}}

一般の行列の累乗を計算するためには行列を対角化する必要があることが多いです。

行列の和

行列の和は積ほど複雑ではありませんが、スカラー倍と同じく考えている代数内では定義されてない場合があります。 行列の差は、スカラー倍と和を使えば簡単に定義できるので省略。

定義
行列の和は、要素ごとの和として定義します。  { A,\,B } を任意の行列として

  { \displaystyle\begin{align*}
  A + B
    &= \begin{pmatrix}
        a_{11} + b_{11} & a_{12} + b_{12} & \cdots & a_{n1} + b_{n1} \\
        a_{21} + b_{11} & a_{22} + b_{22} & \cdots & a_{n2} + b_{n1} \\
        \vdots   & \vdots      & \ddots & \vdots \\
        a_{n1} + b_{n1} & a_{n2} + b_{n2} & \cdots & a_{nn} + b_{nn} \\
      \end{pmatrix} &
  \Big(\;[A + B]_{ij} = a_{ij} + b_{ij}\;\Big)
\end{align*}}

当然のことながら、行列の次数が等しくないと定義できません。 ベクトル(座標)の変換という観点からみると

  { \displaystyle\begin{align*}
  (A + B)\textbf{x}
    &= \sum_{j=1}(a_{ij} + b_{ij})x_j 
    = \sum_{j=1}^na_{ij}x_j + \sum_{j=1}^nb_{ij}x_j \\
    &= A\textbf{x} + B\textbf{x}
\end{align*}}

となります。 つまり、行列の和が施す変換は、変換元となるベクトルをそれぞれの行列によって写し、それらのベクトルを(ベクトルの意味で)和をとったものに写します。

分配法則
ここまでで定義した行列の和と積は、分配法則を満たします。  { A,\,B,\,C } を任意の行列として

  { \displaystyle\begin{align*}
  [(A + B)C]_{ij}
    &= \sum_{k=1}^n (a_{ik} + b_{ik})c_{kj} 
    = \sum_{k=1}^n a_{ik}c_{kj} + \sum_{k=1}^n b_{ik}c_{kj} \\
    &= [AC]_{ij} + [BC]_{ij} \\
    &= [AC + BC]_{ij}
\end{align*}}

よって

  { \displaystyle\begin{align*}
  (A+B)C = AC + BC
\end{align*}}

が成り立ちます。 同様にして

  { \displaystyle\begin{align*}
  A(B + C) = AB + AC
\end{align*}}

も成り立ちます。

和の累乗
一般の行列は積が非可換なので、和の累乗を計算する際には注意が必要です:

  { \displaystyle\begin{align*}
  (A+B)^2
    &= (A+B)(A+B) \\
    &= A^2 + AB + BA + B^2 \\[2mm]
  (A+B)^3
    &= (A+B)(A+B)(A+B) \\
    &= A^3 + A^2B + ABA + BA^2 + AB^2 + BAB + B^2A + B^3
\end{align*}}

行数と列数が異なる行列

ここまでは正方行列、つまり行数と列数が等しい行列のみを見てきましたが、行数と列数が異なる行列も定義できます(変換前後の座標(ベクトル)の次元は異なりますが)。 行数、列数がそれぞれ  { m,\,n } の行列を  { m\times n } 行列と言います。 例えば

  { \displaystyle\begin{align*}
  A &= \begin{pmatrix} 1 & 2 & 3 \\ 4 & 5 & 6 \end{pmatrix} &
  B &= \begin{pmatrix} 7 \\ 8 \\ 9 \end{pmatrix} &
\end{align*}}

はそれぞれ  { 2 \times 3 } 行列、 { 3 \times 1 } 行列です。

行列の積が定義可能かどうか

さて、行列の積も同様に定義できますが、注意が必要なのは常に積が定義できるとは限らないことです。 上記の行列  { A,\,B } に対して、積  { AB } は定義できますが、 { BA } はできません。

  { \displaystyle\begin{align*}
  AB
    &= \begin{pmatrix} 1 & 2 & 3 \\\hline 4 & 5 & 6 \end{pmatrix}
          \begin{pmatrix} 7 \\ 8 \\ 9 \end{pmatrix} \\
    &= \begin{pmatrix}
        1 \cdot 7 + 2 \cdot 8 + 3 \cdot 9  \\
        4 \cdot 7 + 5 \cdot 8 + 6 \cdot 9
      \end{pmatrix} \\
    &= \begin{pmatrix}
        50 \\
        122
      \end{pmatrix} \\[2mm]
  BA
    &= \begin{pmatrix} 7 \\\hline 8 \\ \hline9 \end{pmatrix}
      \left(\begin{array}{c|c|c} 1 & 2 & 3 \\ 4 & 5 & 6 \end{array}\right)
    \qquad(\textrm{計算不可})
\end{align*}}

一般に、 { \ell\times m } 行列  { A } { m \times n } 行列  { B } に対して積  { AB } が定義できて、結果は  { \ell \times n } 行列となります。 これは、一般化のところで出てきた  { n } 次の正方行列の積の定義(これは和の上限を適切に変えれば正方行列でなくても同じ)を見ればもう少し分かりやすいかと思います:

  { \displaystyle\begin{align*}
  [AB]_{ij} &= \sum_{k=1}^n a_{ik}b_{kj}
\end{align*}}

この定義で和をとっている添字  { k } の範囲が一致していれば積を定義できます。 もう少し言えば、 { a_{ik}b_{kj} } の内側2つの範囲が一致していれば積が計算できて、結果の行列の型は外側2つの範囲で決まる、となります。

さて、これで行列に和と積が定義できました。 スカラー倍や冪乗も定義しました。 次回は積の逆演算に関連して逆行列行列式を見ていく予定。

齋藤正彦線型代数学

齋藤正彦線型代数学

*1:和の記号  { \sum } は高校で出てきますが、一応いくつか注意を。 和をとられた添字は「ダミー変数」と呼ばれ、別の(使われていない)文字に書き換えてもよい。 等号の両辺で「生きている」(和をとられていない)添字は一致する(当たり前だけど)。

*2:行列の同値関係を定義してませんでしたが、(正方行列を前提として)次数が等しく、対応する要素の値が全て等しいときに行列が等しいとします。

*3:実数だけでなく複素数なども念頭においているときに使います。