倭算数理研究所

科学・数学・学習関連の記事を、「倭マン日記」とは別に書いていくのだ!

『Quantum Computing: A Gentle Introduction』の演習問題を解く 2.10

Quantum Computing: A Gentle Introduction (Scientific and Engineering Computation) (English Edition)

Quantum Computing: A Gentle Introduction (Scientific and Engineering Computation) (English Edition)

目次はこちら

Exercise 2.10. Analyze Eve's success in eavesdropping on the BB84 protocol if she does not even know which two bases to choose from and so chooses a basis at random at each step.

  • a. On average, what percentage of bit values of the final key will Eve know for sure after listening to Alice and Bob's conversation on the public channel?
  • b. On average, what percentage of bits in her string are correct?
  • c. How many bits do Alice and Bob need to compare to have a 90 percent chance of detecting Eve's presence?

準備
この問題では、アリスとボブが通信に用いる2つの基底をイヴが知らないため、各 qubit を測定するときにランダムに基底を選んで用います。 問題では指定がありませんが、ここでは偏光板を想定して1つの角度  { \theta } で指定される状態  { |\theta\rangle } とそれに直交する状態で構成される基底  { \{ |\theta\rangle,\,|\theta^\perp\rangle \} } を用いて測定を行うことにします。 ただし、ここでの  { \theta } は (Exercise 2.1 で出てきた)偏光板の軸と水平軸のなす角度ではなく、ブロッホ球面上の点を表す角度の1つの  { \theta } とします(これは偏光板の角度の2倍になります)。 ブロッホ球面のもう一つの角度  { \phi } は常に0です。  { |\theta\rangle,\,|\theta^\perp\rangle } を標準基底( { \{|0\rangle,\,|1\rangle\} })で表すと以下のようになります:

  { \displaystyle\begin{align*}
  |\theta\rangle \,\,&= \cos\tfrac{\theta}{2}|0\rangle + \sin\tfrac{\theta}{2}|1\rangle \\
  |\theta^\perp\rangle &= \sin\tfrac{\theta}{2}|0\rangle - \cos\tfrac{\theta}{2}|1\rangle
\end{align*}}


遷移確率と確率表 さて、まず状態  { |\theta\rangle } について、これと標準基底の基底ベクトル  { |0\rangle,\,|1\rangle }アダマール基底の基底ベクトル  { |\pm\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}(|0\rangle\pm|1\rangle) } との間の遷移確率を計算しておきます。 結果が全体的に同じような形にまとまるように、少々公式を使って変形しています:

  { \displaystyle\begin{align*}
  |\langle 0|\theta\rangle|^2 &= \cos^2\tfrac{\theta}{2} = \frac{1+\cos\theta}{2} \\
  |\langle 1|\theta\rangle|^2 &= \sin^2\tfrac{\theta}{2} = \frac{1-\cos\theta}{2} \\
  |\langle +|\theta\rangle|^2 
    &= \left\{\tfrac{1}{\sqrt{2}}\left(\cos\tfrac{\theta}{2} + \sin\tfrac{\theta}{2}\right)\right\}^2
    = \frac{1+\sin\theta}{2} \\
  |\langle -|\theta\rangle|^2 &= \frac{1-\sin\theta}{2}
\end{align*}}

次にこれを用いて、アリスが qubit をある状態で生成し、イヴが盗聴して、最終的にボブが測定する過程の確率を計算しましょう。 話を具体的にするために、アリスが  { |0\rangle } を生成し、イヴが  { |\theta\rangle } を得て、ボブが  { |1\rangle } を測定する場合を考えます。 このとき

  • アリスは  { |0\rangle, |1\rangle,\,|+\rangle,\,|-\rangle } のうち、 { |0\rangle } { \frac{1}{4} } の確率で生成する。
  • イヴは状態  { |\theta\rangle } { |\langle\theta|0\rangle|^2 } の確率で得る。
  • ボブは標準基底とアダマール基底のうち  { \frac{1}{2} } の確率で標準基底で測定し、 { |\langle1|\theta\rangle|^2 } の確率で  { |1\rangle } を得る。

よって、この過程が起こる確率は

  { \displaystyle\begin{align*}
  \frac{1}{4} \cdot |\langle\theta|0\rangle|^2 \cdot \frac{1}{2}|\langle1|\theta\rangle|^2
    &= \frac{1}{32}(1+\cos\theta)(1-\cos\theta) \\
    &= \frac{1}{32}\sin^2\theta
\end{align*}}

となります。 これを他の過程についても計算して表にまとめると以下のようになります:

アリス \ ボブ 0 1 + -
0  { {\bf \tfrac{1}{32}(1+\cos\theta)^2 } }  { \underline{ \tfrac{1}{32}\sin^2\theta} } 破棄 破棄
1  { \underline{\tfrac{1}{32}\sin^2\theta} }  { \tfrac{1}{32}(1-\cos\theta)^2 } 破棄 破棄
+ 破棄 破棄  { {\bf \tfrac{1}{32}(1+\sin\theta)^2 } }  { \underline{ \tfrac{1}{32}\cos^2\theta } }
- 破棄 破棄  { \underline{ \tfrac{1}{32}\cos^2\theta} }  { \tfrac{1}{32}(1-\sin\theta)^2 }
  • 太字や下線は後の参照のためのマーキングです。
  • 「破棄」は、アリスとボブが測定に用いた基底が異なるためにビットを捨てる場合です。
  • ビットを破棄する場合(確率は計算していませんが、同じように計算できます)も含めて全ての場合を加えると  { \frac{1}{2} } になります。 次にやる  { |\theta^\perp\rangle } と合わせて、確率の和が1となります。

同様の計算を  { |\theta^\perp\rangle } の場合にもやりましょう。 まず、各状態に対しての遷移確率は

  { \displaystyle\begin{align*}
  |\langle 0|\theta^\perp\rangle|^2 &= \frac{1-\cos\theta}{2}, &
  |\langle 1|\theta^\perp\rangle|^2 &= \frac{1+\cos\theta}{2} \\
  |\langle +|\theta^\perp\rangle|^2 &= \frac{1-\sin\theta}{2}, &
  |\langle -|\theta^\perp\rangle|^2 &= \frac{1+\sin\theta}{2}
\end{align*}}

となります。 これを使って各過程の確率を計算すると以下のようになります:

アリス \ ボブ 0 1 + -
0  { \tfrac{1}{32}(1-\cos\theta)^2 }  { \underline{ \tfrac{1}{32}\sin^2\theta} } 破棄 破棄
1  { \underline{\tfrac{1}{32}\sin^2\theta} }  { {\bf \tfrac{1}{32}(1+\cos\theta)^2 } } 破棄 破棄
+ 破棄 破棄  { \tfrac{1}{32}(1-\sin\theta)^2 }  { \underline{ \tfrac{1}{32}\cos^2\theta } }
- 破棄 破棄  { \underline{ \tfrac{1}{32}\cos^2\theta} }  { {\bf \tfrac{1}{32}(1+\sin\theta)^2 } }

これらの確率表を使って、各設問を解いていきましょう。

a.
 { \theta } { 0 \leqq \theta < \pi } の範囲でランダムに選びますが、qubit のビット値が確実に分かるためには、 { \theta = 0,\,\frac{\pi}{2} } のどちらかでなければなりません。 偏光板で言えば、軸がどの方向を向いているか分からない2つ偏光板(この2つは直交している)に対して、別の偏光板を適当に合わせてその軸がどちらかにピッタリ合う確率なので、実質的に0%ですね。

b.
イヴが qubit の測定結果として得る状態  { |\theta\rangle,\,|\theta^\perp\rangle } をそれぞれ 0, 1 にエンコードするとすると、イヴが正しいビット値を得られる過程は、上記の表の太字の部分の和になります:

  { \displaystyle\begin{align*}
  2\left\{\frac{1}{32}(1+\cos\theta)^2 + \frac{1}{32}(1+\sin\theta)^2\right\}
    = \frac{3+2(\sin\theta + \cos\theta)}{16}
\end{align*}}

また、アリスとボブの基底が一致して盗聴に気付かない確率は、上記の表( { |\theta\rangle,\,|\theta^\perp\rangle } のどちらも)の左上から右下への対角部分なので

  { \displaystyle\begin{align*}
  &2\cdot\frac{1}{32}\Big\{(1+\cos\theta)^2 + (1-\cos\theta)^2 + (1+\sin\theta)^2 + (1-\sin\theta)^2\Big\} \\
  &\qquad = \frac{2(1+ \cos^2\theta + 1 + \sin^2\theta)}{16} \\
  &\qquad = \frac{3}{8}
\end{align*}}

となります。 よって、ビットが破棄されずアリスとボブのビット値が一致する(よって盗聴に気付かない)条件の下で、イヴが正しいビット値を得る(条件付き)確率  { p_\theta }

  { \displaystyle\begin{align*}
  p_\theta
    &= \frac{3 + 2(\sin\theta + \cos\theta)}{6}
\end{align*}}

となります。

 { \theta } に関して平均  { \theta } { 0 \leqq \theta < \pi } の範囲の一様な乱数として、この範囲で  { p_\theta } を平均した結果を  { p } とすると

  { \displaystyle\begin{align*}
  p &= \frac{1}{\pi}\int_0^\pi p_\theta d\theta \\
     &= \frac{1}{2} + \frac{1}{3}\left(\frac{1}{\pi}\int_0^\pi\sin\theta d\theta
       + \frac{1}{\pi}\int_0^\pi\cos\theta d\theta\right) \\
     &= \frac{1}{2} + \frac{1}{3}\left(\frac{2}{\pi} + 0\right) \\
     &= \frac{1}{2} + \frac{2}{3\pi} \fallingdotseq 0.712
\end{align*}}

よって、イヴが盗聴して得たビットが正しい確率は約71.2%です。

c.
アリスとボブがイヴの存在を感知するのは、アリスとボブが同じ基底で測定しているにもかかわらず異なるビットを得た場合です。 これは上記の確率表で下線を引いた部分に当たります。 よって、イヴの存在が感知される確率  { q_\theta } は(ビットが破棄される場合を除いて)

  { \displaystyle\begin{align*}
  q_\theta
    &= 8\left(\frac{1}{32}\cos^2\theta + \frac{1}{32}\sin^2\theta\right) \\
    &= \frac{1}{4} 
\end{align*}}

となります。 これは  { \theta } に依らないので、平均をとる必要はなく確率は  { \frac{1}{4} } です。 また、この値はイヴが基底を知っている場合(Exercise 2.9)と同じ値です。 したがって、90%以上の確率でイヴがいることを感知するのに必要なビット数は9ビットとなります。

【修正】

  • 問題 b, c を考える際に、比べる  { n } ビットには破棄されたビットを含めずに、アリスとボブで用いた基底が一致したビットの数のみを考慮するように修正しました。
  • 問題 b の「イヴが盗聴したビットが正しい確率」で、問われている条件付き確率の条件となる確率が間違っていたので修正しました。